HISTORY

サーフシティ、マリブ

マリブと言えば、まず思い浮かべるのがビーチ、サーフィン、エンドレスサマー、そしてセレブリティー達の邸宅が海岸に沿って軒を並べる高級住宅地。

それはマリブのひとつの姿である一方、アグリカルチャーのルーツも古くから受け入れているエリアなのです。

チュマシュインディアン、そして禁酒法

コンバーチブルの高級車やハリウッドスターがやって来る遥か昔に、この美しいサンタモニカ山脈と海岸線からなる土地でチュマシュインディアンが穏やかに暮らしていました。

禁酒法以前の1800年代、ロサンゼルス郡は最大のぶどう栽培地域として栄えカリフォルニアワイン造りの発祥の地でした。
しかし都市化に伴いブドウ栽培は衰退、ナパやソノマにその中心地が取って代わられます。

アボカド畑からぶどう畑へ

1980年に起こったマリブ一帯の大火事の後、マリブファミリーワインオーナーのロン・セムラーは1,000エーカーの焼け野原となったサンタモニカ山脈の土地を購入しました。
とても使い物にならない焼け野原に彼は何かチャンスを感じていました。セムラーは農園とは全く縁もゆかりも無い事業家です。ただ彼が触れるもの全てが上手くいくかの様に思われるのです。

セムラー家の9人の子供たちの為にと購入した土地は、子供たちが成長していくなか、徐々にぶどうの木で埋め尽くされて行きました。
ぶどう栽培の前にセムラーは15,000本ものアボカドの木を植えました。そしていつしかロサンゼルス郡最大のアボカド生産者となったのです。

アボカド生産地となったセムラー家の「サドルロック・ランチ」ですが、他の作物と同様、天候や水に大きく生産が左右されました。
ある大不作の年、セムラー氏は数百万ポンドに上る作物を失い、それに加えて水のコストが急騰。セムラーは何か他の作物を探そうと家族に伝えリサーチを重ねました。
すると敷地の南側の急傾斜と岩の多い土壌がぶどう栽培に適していること、赤ワイン用のぶどうが一番採算が合うと確信しました。

1992年、死んでしまったアボカドの木を切り倒し、代わりに14エーカーの土地にカベルネソーヴィニヨンとメルローを植えました。
初めてのヴィンテージは2000年、それから数年で生産と需要が急激に伸び始めます。

サドルロック・マリブ AVA誕生

2006年セムラーエステートは「サドルロック・マリブAVA(政府公認ワイン指定栽培地域)」に認定されており、唯一セムラーワインのみが栽培されています。

マリブファミリーワインには2レーベルあり、セムラー家のエステート内で育つぶどうのみで作られるハイエンドワイン「Semler(セムラー)」シリーズ。
加えて、カリフォルニア・セントラルコーストで栽培されたジンファンデル、ピノ・ノワール、シャルドネ、メルロー、カベルネソーヴィニヨン等を使ったカジュアルライン「Saddlerock」の二つのレーベルを生産しています。

マリブのサドルロックランチ内に併設のテイスティングルームは週末だけで2,000人以上のお客さまをお迎えするほどに大きく成長しました。需要にお応えするため、今は100エーカー近くまで畑を拡大していきます。
そしてたくさんの日本のみなさまへ「マリブファミリーワイン」を味わっていただきたいと願っています。

マリブファミリーワイン 南カリフォルニアより、Cheers !

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